無題

先日出した年越しルクジェのお話、当初はちゃんと二人で初詣まで行く予定だったのですがその途中というか帰り道でジェイドが路地裏にルークを引きずり込んでちゅっちゅするというシーンを考えていたのに結果ネタはお蔵入りしたのでどこかで書きたいなあと思います。
ジェイドはお手本のようにスパダリだなあと思うのですが、そういう人がルークみたいなまだ世間の右も左も疎くて箱入りで可愛い男の子相手に甘んじて抱かれているのもその素直さに絆されてぐずぐずになっていくのも好きです。
余談ですがあの話でジェイドがつけていたマフラーはルークの目の色をイメージしています。髪の色だと40近いおっさんには少し派手かなと思います。

新年

年が明けてから特に何も書いていなかったのであれなのですが、今年もよろしくお願いします。
今回の更新が平成最後のルクジェにならないようにしたいですね。

習作

 それは旅の間、しばしば見る光景でもあった。
 テーブルランプ形の音素灯が淡いオレンジ色の光を放っている。いつもは真っ直ぐ伸びた背中がほんの少しだけ丸められて、柔らかなヘーゼルブラウンの髪が横顔にかかって影を作っていた。
 軍服の上着を脱いで、指先まできっちりと覆ったいつもの長手袋も外して、いやに白い指先がペンを握って紙の上を走る。
 ジェイドが何か書き物をしていることは以前から知っていた。多分ガイも知っているだろう。旅の間、宿に泊まった時、或いはアルビオールの中で野宿する時、ひっそりとジェイドが何かを書き留めている姿を見かけたのは一度や二度ではない。
 ルークだって毎日日記を書いているし、他の面々も時折手紙を書いたりだとかしているのを見かけたことはあるので、ジェイドが何を書いていようと特段気にかけたことはなかった。だから、ルークがそれに興味を持ったのは他に意識をやる場所もない、宿の中で手持ち無沙汰になってしまったからだった。
 生憎とガイは一人部屋で、ルークはジェイドと同室だった。部屋が分かれる時恒例の、平等なじゃんけんによるものだから仕方がないとはいえ、ジェイドはそうお喋りなたちではない。人前ではやたらとからかってくることもあるが、二人きりになると殆ど喋らない。寡黙というわけでもないのだろうけれど、誰かと一緒にいて沈黙の中で過ごすことに苦痛を感じないタイプなのだろうと思う。逆にルークはそういった場での沈黙が苦手だった。相手が気にしていないと分かっていても、自分が気にしすぎだとしても、妙に落ち着かなくてそわそわしてしまう。
 ガイはそれを「構ってほしいからだろう」なんて言って笑うけれど、ルークにとっては笑い事ではない。
 ジェイドも冷たい訳ではないのでルークが声をかければそれなりに相手はしてくれるけれど、それもやっぱりそれなりでしかなく、ルークが二人きりになって一番落ち着かないのはジェイドだった。
「……なあ」
「何でしょうか」
 意を決して声をかければ机から顔を上げずになおざりな返事が投げ返される。その素っ気なさにくじけそうになりながら、だけどここで会話を終えれば後には沈黙が待っていると分かっているルークはどうにか言葉を探した。
「何書いているんだ?」
 それについて聞いてみたのはただただ単純に今ジェイドがしていることだったからで、ルークとしてはまともに答えが返ってくるなんて思ってもいなかった。
「日記ですよ」
 だからジェイドがそう答えて顔を上げたのには驚いたし、わざわざ自分の方に振り向いた時には更に驚いた。そんな真面目に答えるような話題でもなかったのに。
 吃驚しすぎて返す言葉を見失い、俺も日記書いていると今更分かりきったことを口走れば微かにジェイドが口許を緩めて知っていますよと返された。当然と言えば当然だ。つい一時間ほど前まで、その机で日記を書いていたのはルークだったのだから。
 ジェイドが小さく笑って場の空気が緩む。ついでにルークの気も緩んで、ついぽろりと余計なことまで口にしてしまう。
「……何か、ジェイドが日記書いてるなんて意外だな」
 何となく彼はそういった類いことはしないようなイメージがあったが、人は見かけによらないものだ。もっとも、ルークも毎日日記を書いていることを知られた時は意外がられたものだったけれど――ルーク自身、医者にいわれたからとは言えどもよく毎日日記をつけていられるなと思う――それにしてもジェイドがそんなものをつけているなんて露ほども考えたことがなかったから、ルークにはそれがとても意外で新鮮なものに感じられた。
 ルークの何気ない言葉を拾い上げて、ジェイドが笑う。今度は少し意地が悪い、からかいのネタを手に入れた時の顔だった。
「まあ、あなたが毎日書いている立派な日記に比べたら味気ないものですが」
「何だよ、それ。そりゃ俺の日記なんて大したこと書いてないけどさ」
 柔らかな皮肉にこれ見よがしに口をとがらせ拗ねた素振りを返す。それにしてもジェイドの日記と言うのは一体どんなものだろうか。俄然興味が湧いてくる。今まで一度だってそんなこと考えてもみなかったからジェイドがどんな風に日記を書くかなんて全然想像がつかない。頭のいい彼のことだからルークが日々書き散らかしているようなものではないことだけは確かだろう。
 とはいえ日記なんてプライベートの塊で、その上相手はジェイドなのだから素直に見てみたいと言ったところでみせてくれるはずもないだろう。それならどうやれば見られるだろうか。ジェイドが寝ている隙を見計らったところで、彼はルークよりも遅くベッドについてルークよりも早く起きている。同室になった時、朝起こされるのはいつもルークの方なのだから、この作戦は少し――いやかなり現実味がない。
 ジェイドの日記の中身が気になってそわそわとするルークの頭の中でも見透かすように、ふむ、と小さく呻ったジェイドがぽんとそれまで書いていた日記を閉じ放り投げる。
 少し大きめの手帳サイズのそれは綺麗な放物線を描いてルークの手に収まった。
「見られて困るようなものではありませんから、ご自由にどうぞ」
 中身を気にしてつきまとわれるよりは自分の目で見た方が納得もいくでしょう。なんて少しばかり辛辣だけれど、的確にルークの行動を予見したのは流石としか言えない。ルークが単純だと言われてしまえばそれまでだけど。
 そこそこの厚みがあるその日記帳はその分重たく感じられた。
 一体どんなことが書いてあるのか期待を込めてページを開く。そこに書かれた文字を辿って、一分も経たないうちにルークの眉間に皺が寄る。
「……何かこれ、日記っつーか」
「ええ、記録と言った方が正しいでしょうね」
 げんなりとしたルークとは裏腹に涼しい顔をしたジェイドが手を差し出した。日記を返せということなのだろう。無言の要求に素直に従ってルークはジェイドに日記を返した。
 そこにあったのは毎日の日付と天候、それからその日のうちに何があったかというルークたちの、ジェイドの記録だった。どこに行って何を食べて、どんな魔物と戦って。出会った誰が何を言ったのかまで、正確無比に書き連ねられたそれはジェイドの言った通り記録に近い。いや実際にそうなのだろう。それは日記と呼ぶにはあまりにも無機質だ。
「マルクトに戻ったら報告書をあげなければならないので」
「でもジェイドなら報告書にするような大事なことは覚えてるだろ?」
「当然です。ですが、私の記憶だけ、というと疑ってかかる者もでてくるので」
 そこでこれの出番です。と、ジェイドの白い指が日記の表紙を軽く弾く。
「もっとも、この記録だって実際に起きた出来事であるという証拠はない。穿って見れば幾らでも疑えますが、それでも何もないよりはましです」
 嘘を書くにしても、毎日破綻なく書き続けるのは至難の業ですし。なんて冗談めかして答えるジェイドにそう言うもなのかと尋ねればそういうものですと至極真面目に返された。
「人の記憶なんて適当ですからね。私も他人より物覚えがいいだけで、忘れていくことなんて山ほどあります」
 人間の脳はそういう風にできていますと呟いたジェイドの横顔は、音素灯の明かりの所為かひどく寂しそうに見えた。だからつい、余計なことだと分かっていながらも言ってしまった。
「ジェイドもさ、普通に日記書けばいいのに」
「面倒なのでお断りします。同じ出来事を二度も三度も書く暇もないですし」
「ばっさりだな……でも結構書いてると楽しいぜ? そりゃ、毎日退屈だったりすると書くこともなくなるけど、後で読み返してああこんなことあったなあとか色々思い出したりもできるし」
「……七年も律儀に書いてきた人が言うと重みが違いますねえ」
「茶化すなよ。……いいじゃん、日記に書いておけば俺がいなくなっても俺がいたことは残るだろ。ジェイドの中にも」
 指先が冷たいものに触れた気がした。
 ジェイドの赤い瞳が僅かに歪められて、それがなんだか悲しむみたいだったからルークの心臓が冷たく跳ねる。ごめんと早口で謝って、けれど気まずさは拭えずもう寝るからと白々しいまでの宣言と共にベッドに潜り込む。
 ルーク。
 背中に声がかかる。こつりと足音が響いて、すぐ側にまでジェイドがやってきたのを全身で感じながら息を殺す。ルークが無視を決め込んだことを察したのか。微かに吐息が聞こえて慰めるみたいな声が降ってきた。
「あなたのことだって、ちゃんと書いていますよ」
 その優しいけれどもずれた言葉にぐっとシーツを握りしめて湧き上がる感情を飲み込んだ。そうでもしなければ今すぐにでも飛び起きてジェイドを詰ってしまいそうだったから。
 違う、そうじゃない。あんな無機質で冷たい記録に書かれた中にルークはいない。そこに書かれたルークの行動も言動も全部、それはジェイドの中を通り過ぎて行くだけだ。ジェイドの中に残るものじゃない。
 記録じゃなくて記憶がほしいと、そう言えれば楽だったのに。それを望むのはルークの我儘なのだ。

 世界中を言葉通り飛び回るような長くて短い旅を終えてから、ジェイドは小さな手帳を持ち歩くようになった。誰にもみせることのないそれはいたって個人的な日記帳でもある。
 軍に提出する為の記録とは違う、ジェイドの所感や出来事を書き留めたそれは思いの外書くことが難しく、日記をつけ始めた当初は一週間も経たないうちに投げ出したくなった。同時にこれを七年間毎日続けていた子供のことを思って密かに感嘆する。
 ジェイドの職場はそれなりに忙しい。日々色んなことが起きるし様々な人物とも会う機会がある。大なり小なり、その日の分の日記にしたためるような話の種は転がっていてなおこの体たらくなのだから、長い間屋敷に軟禁され、ろくに人と会うことも許されずに退屈な日々を送っていた彼はさぞかし書くことがなかっただろう。
 少なくとも出会った当初のルークは毎日の生活からささやかな楽しみや喜びを見つけられるような人間ではなかった。変わらない日々、定められた将来に対する諦念と退屈に倦んだ目をした子供だった。
 それでも律儀に七年間、医者にいわれたことを習慣として日記を書き続けたルークにならってどんなに書くことがなくても日記は続けた。天気のことを書くことがあれば、昼に食べた定食を話題にしたこともある。誰にもみせられたものではない拙いそれを書くことに幾ばくかの楽しみを見出したのは日記を書き始めてから三ヶ月は経った頃で、以来ページを手繰って過去の自分が書き付けた内容を読み返しながらここ二年ほど、途切れることもなく日記を書き続けている。
 一言で終わらせることがある日もあれば、丸々二ページも費やすこともある。その内容はどれもこれも取るに足りないものではあるが、全てジェイドが残しておきたいと思ったことだ。
 一日の終わりに日記を書くことはジェイドにとっての習慣になり、日記を書きながらエルドラントで別れた子供の困ったような苦笑いを思い出すのもまた習慣になっていた。帰ってきてほしいというささやかな望みは他ならぬ彼に砕かれたけれど、どうして諦めきれずに未だずるずると彼を待っている。
 一言、一行、一ページ。
 インクが白かった手帳を染めていくたびにルークを思い出す。記憶ばかりが深まっていく。彼がいなくなってからの二年間、この手帳は――ジェイドのささやかな日々が綴られた日記は、ルークに伝えたかった言葉の結晶だった。彼がいなくても世界は廻る。彼が守ったから、世界は今日も進み続ける。
 彼のいない日々の隙間を埋めるように、今日もジェイドは日記を書く。いつかルークが帰って来たら伝えたいことばかりが小さな手帳につもっていく。

習作

 それは冬も本番、比較的温暖な気候のグランコクマもシルバーナ大陸からの冷たい季節風が吹き付けるルナリデーカンのある日のことだった。
 その日、特別な何かがあったという訳ではない。ジェイドの誕生日はとうに過ぎ去り、またルークの誕生日を祝うにしてももう少し先だ。一年の終わりが見え始める頃ではあったがそれも年の瀬と呼ぶにも少し早い。本当に何の変哲もない休日だった。
 仕事が仕事であるだけに決まった休みがあるわけではないジェイドがルークと休みが被ることはまず殆どない。それが偶然重なって、互いに怠惰な朝を満喫した後朝食を兼ねた昼食をとりに出た。最近よく通っている店があるというルークに連れられて入ったレストランは開店間もないこともあって客も少なく居心地が良かった。料理の方はと言えば量もそれなり、味はルークが褒めるだけあって洗練されていた。
 ランチセットを食べ終える頃にはジェイドもその店を気に入って、また今度、次は夜にでも来ましょうかと話ながら店を出た。家に帰る途中、市場に立ち寄って夕食分の食材を買っていく。つい先程昼食をとったばかりだというのに夕飯はあれが食べたいこれがいいと訴えるルークの主張を適当にかわして野菜や肉を買い込み、予定よりも少し重くなった荷物を抱えて帰路につく。
 それはごくありふれた二人の休日であり、特別なことは何もない。強いて言うのであれば、冬に入ったこの季節にしては珍しく暖かな気温だったということくらいだろうか。
 昼を少し過ぎたばかりの住宅街は静かで、家々からはおいしそうな食事の匂いが漂っていた。
 穏やかな街の景色にジェイドの意識も緩む。
「……ルーク」
 だからそれは、実に何気なく緩んだジェイドの頭からこぼれ落ちた言葉だった。
「結婚しましょうか」
 並んで歩いているだろう相手を見ることもなくこぼれた言葉は他ならぬジェイド自身が誰よりも驚いて、なんとはなしに隣りを振り返ることも気恥ずかしさを覚えて少しだけ歩調を速めた。隣りで歩いていたはずのルークがいつの間にか置いてけぼりになっていることに気がついたのは曲がり角にさしかかった時で、ようやくいつもだったらいやでも視界に入るはずの赤毛が見えないことに気がついて振り返れば遙か後方で呆然と立ち尽くしている。
「……」
 遠目にもその顔が赤いのはきっと見間違いでも何でもないのだろう。先程自分が言ったことを思い出して、どうやらあれは確かにルークの耳にも届いたらしいという事実にいたたまれなさを覚えながらもルークを呼ぶ。
「そのまま突っ立っていたらおいていきますよ」
 ジェイドの呼びかけにはっと我に返ったらしいルークが荷物を抱え直して慌てて駆けてきた。それを視界の端に収めながら踵を返し、さっさと角を曲がる。二人の暮らす家まで、もうそれほどかからない。

 なんてことがあったのがほんの三日前の話だ。そして今、ジェイドの執務室にはピオニーがいた。何故かなどと言うのは愚問であるし、そもそもジェイドはこの男が執務室の床から顔を出した場面から一部始終をつぶさに見ていたので、この男が王宮の私室から張り巡らされた地下通路の一体どこをどうやって通ってやってきたのかそらんじることさえできる。
「で、お前この間ルークにプロポーズしたんだろ」
 面白そうなことしてるじゃないか。どうして俺には言わなかったんだ。
 咎めるというよりもいかにも面白がっているという口ぶりでそんなことを聞くピオニーに溜息を吐く。別段ルークに対して口止めをしたわけでもないけれど、当の出来事からほんの三日でここまで届いていることを考えるに噂というものは随分早く駆け巡るものなのだと考えざるを得ない。
 もう少し謹んでもらいたいものだと今この場にはいない赤毛の恋人のことを考えながらもう一度大きく溜息を吐いてジェイドは今の今まで書類と向き合っていた顔を上げた。
「その噂の発生源はどこからなんですかねぇ……」
「ガイラルディアからだな。いやあ、朝ブウサギの散歩をさせに来たあいつがこの世の終わりみたいな顔をしていたもんだからな? 相談にのってやったら、これが面白い。ルークがお前にプロポーズされたのだと何だの」
 曰く、ルークに相談という形で先日のジェイドのプロポーズの話を聞かされたガイが親友とその恋人の進展に対して諸手を挙げて喜ぶに喜べず、けれども親友が無邪気に喜んでいるので水を差すこともできず、そもそも相談というていで散々のろけを聞かされて胸焼けと消化不良を起こし沈痛な面持ちを拭えぬまま職場に出たら面白そうなものを見つける目だけは確かなピオニーが嗅ぎ付けて聞き出したということだ。ジェイドの予想とほぼ変わらない噂の経路に思わず遠い目をしそうになるが何とか持ちこたえ、大したことではないと絞り出す。
「別に結婚と言ったって特に変わりませんよ。姓を移すわけでもないですし、役所に提出するような書類もありませんし、そもそも一緒に暮らしていますし」
「まあそうだけどな。正直俺はお前がそんなことを言いだすとは思わなかったぞ」
 そんながらでもないだろうと言うピオニーの言葉は至極もっともで、ジェイドもそれに首肯した。彼は正しい。ジェイドだって自分があんなことを言いだす日が来るなどこれっぽっちも考えてはいなかった。
「……どうしようもない、理由ですよ。あなたにだから言いますけどね」
 少しだけ考えてピオニーにだけはあの奇行の理由を告げてしまおうと考える。もう随分と長い付き合いだ。ジェイドが他人に言いふらされたくないことのひとつふたつ、この男はよく分かっているし、何よりも誰にもその理由を知られないというのは少しだけ寂しい気がした。
「その日、ルークとお昼を食べに出かけたんです。帰りがけに買い物もして、よく晴れていたし風も珍しく穏やかでしたから、この季節にしては暖かな日でした」
「ああ、確かにあの日は朝から暖かかったな」
「ええ。まあ、そんなことはどうでもいいんです。ルークと休みが合うのが久しぶりで、朝から一緒にいるのも久しぶりでした。一緒にいて、ああいうのが幸せというんですかね。――彼とこうしてずっと一緒にいられればいいなと思ったんです」
「……それで結婚か」
「いい年して随分夢見がちな話でしょう。ですが、ルークは存外律儀なので、ああいうことを言えば真面目に私の言葉を聞き入れてくれるだろうっていう打算もありました。悪い大人でしょう」
 蓋を開けてみれば何とも他愛のない理由だ。その証にプロポーズまがいのことをしてからも特段ルークとの関係に変化は見られない。
 別段ジェイドだった真面目に結婚だの何だの考えている訳ではないのだ。ただ一緒にいられればそれで良いし、そこにルークの意思もあれば尚更良いというだけのことで。例えば明日にでもルークがもうジェイドとはいられないと言ったとしてもきっと自分はそういうものかと受け入れるだろう。
 過ぎ去って行くものに対して追い縋って引き止める術をジェイドは知らない。過去を振り返ってもそんなことをした記憶もないのでやり方も分からない。だから明日そんなことを言われる前に先手を打って縛るようなことを言ってしまった。随分と狡い真似だというのは他ならぬジェイド自身がよくよく理解している。
 けれどピオニーはそうとは思わなかったようで、これ見よがしに溜息を吐いて口を開く。
「俺は時間の問題だと思ってたがな」
「……はあ」
「そもそももうルークも子供じゃあないだろう。そりゃあ、お前と比べたらまだまだケツも青いがな」
 それでもお前と旅していた頃と比べたって随分成長しているんじゃないのかと指摘され、そうですねと生返事を返す。過去の記憶が強い分、いつまで経ってもルークのことを十七歳の子供と見てしまうのは自覚していた。けれどルークももう二十三だ。すっかり大人になったというにはまだ若いかもしれないが、それでも旅をしていた当時のガイの年齢だって超えている。人前で取り繕えるほどには落ち着きだってあるし、常識も良識もちゃんと弁えている。
「というかお前は男なのに男心がぜんっぜん分かってないな」
「そうでしょうか」
「そうだそうだ。俺がルークでお前にプロポーズされたらショックで三日は立ち直れん」
 まあそこら辺はガイラルディアに話した分楽になったのかもしれないが、なんてルークの行動を分析するピオニーをそういうものかと眺めながらも頭ではルークのことを考えていた。ジェイドからしてみれば多少の打算はあったものの何気ない告白のつもりだったけれど、それでルークの何かを傷つけたのなら申し訳ないことをした。そういえばその告白の答えもうやむやになったまま聞いてはいなかったことを思い出して少しばかり苦いものがこみ上げる。
 今日は早めに仕事を切りあげて、家に帰ろうと意識を雑談から仕事へと切り替える。
「まあ、私の話はそんなところです。暇つぶしにはなったでしょうから、あなたも戻って仕事をして下さい」
「何だよ、相談に乗ってやったっていうのに冷たいな。ガイラルディアはもうちょっと感謝してくれたぞ」
「そうですね。聞いて下さってありがとうございます」
 俯いて書類と睨み合いながらなおざりな感謝を口にすればすぐさま飛んでくるだろう反論はいつまで経っても返されず、その代わりに変わるものだなと小さな呟きが聞こえた。妙にしみじみと感じ入ったその声に眉を寄せて顔を上げればそこにあったはずのピオニーの姿はなく、部屋の中に視線を巡らせれば雑多に散らかった一角に金色の頭が潜っていくところだった。
 普段はどれだけ帰れ、仕事に戻れと言ってもなかなか聞き入れてくれないというのに今日に限っては随分素直なものだと感心しながらも、大人しく仕事に戻ってくれるのであればジェイドとしても言うことはない。ピオニーの頭が完全に見えなくなって、隠し通路の扉が閉まる軋んだ音が聞こえ、ジェイドは再び自分の仕事に取りかかった。
 珍しく定時に仕事を終えて家に帰ったジェイドが、プロポーズの返事を尋ねたら顔を真っ赤にさせたルークに「改めて俺の方からプロポーズさせてくれ」と乞われたのは夕食前のことだった。

手慣らし

ここ一ヶ月くらいずっとスランプのような、上手くお話しが書けない感覚が続いているので無理にでも書かないとこのまま腐りそうなので指慣らしにしばらく小ネタを書くことにしました。
無理はするつもりがないのでできた時にぽつぽつブログに投げようかなと思います。
自分の中でネタを拾って膨らませることもちょっと上手くできなくなっているので、書けそうなら書くくらいの緩いスタンスになりそうなので恐縮ですがこういうネタみたいよというのがあったらメルフォから投げてもらえたら嬉しいです。

習作

 ルークが倒れた。熱を出したのだ。
 朝、少しだるいとは言っていたが動けない訳じゃないと強がる子供の主張を真に受けた結果がこれだった。珍しいルークの訴えに休んだ方がいいんじゃないかと言ったガイの主張は当のルークに却下されたが、現在の状況を見れば彼の主張が正しかったのだと認めざるを得ない。
 急いで近くの村へ運んで宿を取り、ベッドに寝かせたのが昼前頃のこと。生憎とこの村の医者は留守にしているらしく、当座しのぎのジェイドの診察では過労とやや風邪の症状がみられるという結果だった。これなら薬も必要無い。たっぷりの急速と栄養をとっていればルークの若さならば二、三日もすればすぐに回復するだろう。ついでに他の仲間にとっても良い休みになる。心配そうな四人と一匹に大事ではないからルークの回復次第すぐに出発できるよう食材や薬品類の補充と、各々の休息をとるように言いつけてジェイドはルークのいる部屋に戻った。
 何せ、病人様のご所望なのだから現状医者もどきなどしているジェイドには逆らう理由もなかった。
 一人でじっとしているといやなことばかり思い出すから側にいて、なんてしおらしいことを言った子供はそのくせベッドの上で穏やかな寝息を立てて寝こけている。これでは自分なんて必要なかろうと思えども、外に出る気にもなれなくてただぼんやりと時間を擂り潰す。
 少し前までは宿の人間が置いたものか、それとも以前ここを訪れた旅人の置き土産か、古ぼけた小説があったので手持ち無沙汰にそれを読んでいたのだが、それも読み終えてしまって本格的に暇を持て余していた。外はもう暗く、後しばらくすれば誰かが夕食に呼びにくるだろう。
 念のためルークの分は消化に良い病人食にしてほしいとも頼んである。今ジェイドができることは全てした。ヴァンの動向を考えると焦る気持ちがないとは言わないが、足止めされている以上今は焦ったところで意味がない。単独行動も考えないではなかったが、それにしたってできることは限られていて言ってしまえば誤差の範囲だ。
 とりとめのない思考を頭を振って振り払い、それからルークの様態を確認する。脈拍は正常の範囲。発熱の為か体温は幾分か高めで、触れれば少し熱かった。氷嚢の中身もすっかり溶けて水になってしまっているのに気付いてルークの額からすっかり使い物にならなくなったそれを外した。
 そっと部屋を抜け出し、溜まった水を捨て、宿の主人に頼んで氷をもらう。小さく礼を告げれば、お大事にと微笑まれた。世界の情勢はどこも不安定極まりないが、それでもこうして名も知らぬ子供を案じて声をかけてくれる人間がいるというのはおそらくそう悪いことではないのだろう。
 新しく中身を取り替えた氷嚢を額にあてがい、それから薄らと滲んだ汗を拭ってやる。
 様々なことがありすぎてすっかり忘れてはいたけれど、思い返せば彼はとびっきりの箱入り息子で屋敷の外にさえも出たことがない子供だった。見慣れない外の世界も、大地の崩落も、障気渦巻く魔界も、戦争も何もかも、彼の精神と体力を摩耗させるには十分過ぎるもので、寧ろ今までよく保った方だと感心すら覚えてしまう。
 或いは、逆に自分を追い詰め過ぎてそんなものを感じる余裕さえなくしていたのかもしれない。
 子供が子供のままでいられないというのはある種残酷なことだとジェイドは思う。だが同時に、それが許されない子供がこの世には確かにいるのだということも知っている。ジェイドが主君と戴く男もそうだった。預言に流されるままに、閉ざされた雪の町で出会った子供はいつの間にか皇帝になっていた。
 ルークの子供時代はもっと短い。彼は生まれてからまだ七年しか経っていないという。
 七年、自分が七歳だった頃一体どんな子供だっただろうか。過去を手繰ったところでろくな思い出など残ってもいない。その頃のジェイドはまだ瞳を赤く染めてはいなかった。譜術というものを知り、初めてこの世の根幹たる音素とそれを持ちいた術に触れたのが丁度そのくらいの年だった。
 ピオニーとも、ネビリムとも出会う前のことだ。
 未来などずっと遠くて、自分があの雪に閉ざされた街から出るなど露ほども思わず他の人々と同じようにあの街で生きて死んでいくのだと信じていた時代の話だ。懐かしいとも呼びがたい、微かに苦さを覚える記憶に眉を寄せる。
 昔から可愛げのない子供だったことは自覚しているが、そのなれの果てがこれなのだから笑えない。それに比べれば今目の前にいる子供は余程可愛げというものを持っている。この子供が子供でいられる時間はもう幾ばくも無いだろう。レプリカであるなしにかかわらず、王族――立場ある家に生まれてきた子供は得てしてそういうものだ。私よりも公を優先される。ルークが生まれたのはそういう世界だ。覆すことは、この非力な子供には無理だろう。
 ヴァンにそそのかされた時、自由が得られると彼は信じていたらしい。なるほど確かに生まれてこの方彼に与えられず、そしてきっとこんなことにでもならなければこの先も永劫与えられないものだっただろう。思惑があってそう仕向けられていたのだとは言えども、ルークの望みを誰よりも一番理解していたのが他ならぬヴァン・グランツであったというのは皮肉だとしか言えない。
「……」
 小さなうめき声と共にルークが寝返りを打つ。その拍子に氷嚢が額から滑り落ちた。
 これでは何の意味もない。ベッドに投げ出されたそれをとって再びルークの額に載せてやる。微かに触れた指先にルークの熱が移る。ジェイドの体温よりも遙かに温かな子供の温度がそこにあった。


お題:微熱じゃなくて恋だった   シャーリーハイツ

昇進のはなし

ルークが帰って来た時ジェイドは少将になっていたけれども、本人は割と研究者の方してて軍人としては籍だけ残して後は要所要所で陛下のお守りくらいだったのに、ルークが帰って来てから一年足らずで特進重ねてさっさか元帥にまでなってしまってルークがぽかんとしていたら後日ジェイド宛ての昇進祝いとは別にルーク宛に陛下からお礼の品もらうけどもらう理由もないからよく分からなくて困惑しているルークのあれこれ。
ジェイドとしてはルークは戻ってこないし軍にはそこそこの地位の席だけ残しておいて後は普通に研究者に戻ってもいいかなって思ったけどルークが戻ってきてしまった上にキムラスカ放り投げて自分のところに転がり込んできてしまったから、この子が望もうが望むまいが死ぬまで一生「キムラスカ王家に連なる人間」というのはつきまとうしそんな子がマルクトにいれば普通に政治闘争に巻き込まれてもおかしくないので自分の地位あげておいそれと手出しできないようにしたジェイドの本意とそれを分かっているから「ルークが帰ってこなかったからこいつのらくら少将辺りで甘んじていただろうなあ」って言うのがあるのでこれ見よがしにもの送りつけてる陛下。
大人の思惑入り乱れてる宮中にルーク入れるのジェイドは嫌な顔しそうなんだけど如何せん相手が陛下なので流石の元帥も口出しできずに苦虫噛み潰してるし陛下が失脚しないうちはまあルーク可愛がられているのは悪い結果にはならないだろうっていう打算もある。

貴族院と軍部

陛下とグランコクマの貴族とガイのこと。何かこう、軍にジェイド、貴族院にガイで陛下が布陣敷いている賭したら萌えるよねっていうふわっふわした妄想が9割。

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誕生日

大佐って自分の誕生日のこと無駄というか余計というか別に知識としては必要のないものだと思ってそうだから聞かれなかったら答えないし聞かれても答えないかもしれないなあと思うので、ルークが長いこと大佐の誕生日知らないと言うのは可愛いなって思う。
ルークは大佐にも誕生日があることすこーんと抜け落ちてる上に大佐が何も言わないので陛下辺りに「そういえばこないだジェイドの誕生日だっただろう?何してやったんだ?」とか「もうすぐあいつの誕生日だけど、お前はどうやって祝うんだ?」みたいなこといわれてえー!俺そんなの知らない!みたいになっていてほしさあるしその後ジェイドに「どうして教えてくれなかったんだよ!」ってキャンキャン喚いてほしい。大佐はげんなりしてる。
挙げ句の果てに「俺は知らなかったのに陛下は知ってて狡い!」って飛び火して大人二人が「どれだけ長い付き合いだと…」ってちょっぴり思っているのも可愛い。ルークは時々自分の物差しで全部測ろうとするところあってほしい。

アクゼリュスの話

他にも色々。一部ふせったーにも投げた奴。
ジェイドが好きなのでやっぱりジェイドが全ての元凶だみたいな一方的に責められるようなのみかけると「ジェイドも悪いところはあるけれども別に全部がそうじゃないかもしれないよ」的な可能性を模索したくなる。

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