なんでもない日でもお菓子をあげる

 トリックオアトリートと開口一番に今日だけの合い言葉を口にすれば途端に胡乱な目を向けられた。
「いきなり人の家きて、なんだよ」
 呆れ混じりのぼやきを右から左へと聞き流し、今日はハロウィンだろうとさも当然の顔をして答えながら勝手に玄関から上がり込む。寒いから早くドア閉めようぜ、なんて言えば少しばかり悠は眉をしかめたが文句を言っても無駄だと思ったのか燕太の言うとおりにドアを閉めた。ついでに鍵とチェーンもかけられたのを見届けて一足先に六畳間の襖を開けた。
「言っておくけど菓子なんてせんべいくらいしかねえぞ」
「知ってる、だからオレの方で用意してきたぜ」
 片手に持っていた菓子の詰まったビニル袋をちゃぶ台の上において、そのあたりに転がっていた座布団を引き寄せて座る。
 半月くらい前まではしつこいくらいに残暑を引きずっていたくせにここ最近めっきり冷え込むようになって慌ててクローゼットから取り出した上着を脱げばくつろぐ準備はできたも同然だった。
「折角来たんだから茶の一つでも出してくれていいだろ」
「お前な……まあ、どうせこの時間じゃ泊まっていくつもりだろ」
 どうやら燕太の考えていることなど悠にはお見通しらしい。
 とりあえずそこ座ってろよと言い置いて本当にお茶を用意してくれる辺り悠は実に律儀だと思う。
 換気扇の低いうなり、カチカチカチ、ボッと聞こえるガスコンロの着火音、中途半端に閉め忘れた襖の隙間から部屋台所を覗けばせわしなく悠がお茶の準備をしていた。手に持っている黄色いマグカップは「お前が入り浸るから仕方なくだ」と言いながら誕生日に買ってくれた燕太専用のものだ。
 テキパキと澱みなく茶を入れる準備をしている悠を少し眺めて、それからそっと襖を閉めつつ何食わぬ顔をして定位置に戻った。しばらくすればやかんが甲高い音を立てて湯が沸いたことを知らせ、マグカップを二つ手にした悠が戻ってきた。
「で、何買って来たんだよ?」
 たいして大きくもないスーパーのロゴが入ったビニル袋から澱みない手つきで悠が中身を取り出してちゃぶ台の上に並べている。適当に目についたものを選んで籠に突っ込んできたから期間限定の新商品から、自分たちが生まれる前からある定番商品までラインナップはまちまちだ。
 最後に取り出したのはつかみ取りの戦利品たる飴の詰め合わせで、ビニル袋の中身を全て並べ終えた悠はどこか途方に暮れた顔をしていた。今更遠慮して行儀のいい真似をするような仲でもなければ何から手を出せばいいのか分からないなんて言うほど子供でもなかろうに、ちゃぶ台の上に並べられた節操のないお菓子の群を前にどうすればいいのか分からないとでも言わんばかりの横顔は寄る辺のない子供のそれによく似ていた。
「悠」
 大丈夫かとほんの少し心配を滲ませて名前を呼べば、隣に燕太がいるのを思い出したのだろう。一瞬肩が震えて、それから一拍遅れてああと小さないらえが聞こえた。
 ギクシャクと伸ばされた手がお菓子の前でふと止まる。逡巡を見せるように固まった悠が選んだのはみっちりと透明なポリ袋に詰め込まれた飴だった。ポリ袋の口から飛び出した棒付きキャンディーの棒を掴んで持ち上げる。着色料で染め上げられた鮮やかな黄色。薄いビニルのパッケージにはレモンの絵が描かれている。
「昔、子供の頃飴が好きじゃなかったんだ」
 ぴり、とうすっぺたいパッケージの封を切りながらぽつりと悠が呟いた。
「クッキーとかポテチとか、そういうのと違って腹も膨れないしそのくせずっと口の中に残り続けるから、その間は別のもの食うなって言われるし。勿論飴が口に入ってる間は喋るなって怒られるし。親が忙しかったから手軽に子供の口塞げて、その上しばらくの間は飴で誤魔化せるっていうのもあったんだろうけど」
 コスパが良かったんだろうななんてまるで他人事みたい言いながら飴をなめる悠は彼の親の言葉を借りるのならば行儀が悪いことになるのだろうけれど、生憎と悠はもう飴で誤魔化されてくれるほど可愛げのある子供ではないし、今更悠を叱る誰かもいない。
 それにしてもどうして自分は飴など買って来たのだろう。悠が飴をなめているところなんて今まで一度も見たことがなかったのに。
「まあ、兄さんはそんなに嫌いじゃなかったみたいだから、俺も兄さんと一緒だと思われてたんだろうな」
 くすりと小さく笑って、自身が語る思い出を懐かしむ目をして悠が言う。
 途端に燕太の疑問も腑に落ちた。
 会ったのは一度きりではあったけれど、あの時のことは良くも悪くも記憶に鮮烈だ。
 あの日譲り受けた飴を結局燕太は悠に渡せなかったし、燕太自身も口にすることなくどこかへ飴はいってしまった。確か警察に押収されたのだっただろうか。渡るべき誰の手にも渡されず、誰の口にも入ることのなかったそれを思うと少しばかり罪悪感が芽生えるがもう何年も前のことであるだけに今更取り戻しようもない。
 悠があまり好きではないものを買って来てしまったいたたまれなさと、こんなところで思い出してしまった過去の記憶に少し気まずさを感じて誤魔化すように燕太も飴に手を伸ばす。何気なく掴んだのはぶどう味出、鮮やかな紫色の向こうに輪郭を歪めた景色が透けて見えた。
 先程の悠と同じように封を切って、口に咥える。人工的な香料と甘ったるい味が口の中に広がった。
 棒付きキャンディーなんて子供っぽいものを食べたのは一体何年ぶりだろう。咥えた飴に柔らかく歯を立てる。かしりと硬い感触があった。このまま力を込めれば噛み砕くこともできるだろうが、それをするにはまだ飴は大きい。
 滑らかに甘い表面を舌先でなぞる。もうしばらくはこのままでいいかとぼんやり考える。
「……」
 食べ物が口に入っていると大抵の人間は黙るもので、悠も特段口数が多い方ではなく二人でいたらおおよそ八割は喋っている燕太が黙ってしまうと部屋の中が静かに感じる。
 それがつい先程悠がした話の再現のようにも感じられておかしさと一緒になんとなく居心地が悪いような気持ちになるのは何故だろう。
 夜は遅く、ハロウィンの喧噪もここまではやってこない。季節の移り変わりを惜しむようなお祭り騒ぎを通り過ぎて、十月ももう終わりだ。ここまで来ると一年を振り返ることも多くなり、今年もあっという間だったなんて感慨を覚え始める。そろそろ年末商戦やらお正月やらの気配が忍び寄ってくる頃だった。
 そんなことをつらつらと考えてふと気付く。
 今日は十月最後の日だ。
 あ、と小さな声を上げうっかり開いた口から飴がこぼれ落ちそうになるのを慌てて咥えなおす。
 落ち着きのない燕太の様子に悠が訝しげに眉をひそめ、なんだよと胡乱な声で訊ねるのをにんまり笑って誤魔化した。
「なあ、飴食い終わったらコンビニ行こうぜ」
「……は?」
 もう遅いだろ、別に明日でいいじゃねえか。不満ばかりの悠に今じゃないと駄目なのだと言いつのる。
「明日、お前の誕生日だろ」
 ケーキ買ってくるの忘れたから。
 燕太の言葉に悠が面食らった顔をして、ぱちりと目をまばたかせた。どうやら今の今まで忘れていたらしい。
 ああ、そういえばと少し惚けたような声と一緒に悠が頷く。
「そうだったな」
 ぱちり。もう一度悠が瞬きをして、それから少し迷ったように口を開いた。
「ショートケーキがいい」
 苺ののっているやつ、と悠の希望通りのものがはたしてコンビニに置いてあるかは分からないが、存外可愛らしい好みになんとなく納得してしまう。
 白いクリームと赤い苺、ふわふわで甘いスポンジのありふれたショートケーキは確かに悠が好きそうなもので、お目当てがあるのなら早く行こうぜと口の中で小さくなった飴を噛み砕いた。

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最近

何もサイトを弄っていないので何かしたつもりになりたくて、とりあえず少し前に背景の色を変えました。偶に季節にあわせて変えたり変えなかったりしています。
今の薄紫色?うす青色は紫陽花のイメージです。
後メルフォを少し弄り直しました。送信ボタンが見えづらかったので、見えやすくなるようになったはずです。

蠍座のカルディア

5年くらい前にカルディアについて熱く語ったものを巡りめぐって目にしたのでそっと再掲。
LCの推しはレグルスくんとクレスト師がそれぞれ好きだけど、単品ではやっぱりカルディアとマニゴルドが格好いいなあと思う。
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さらざんまい小説版読んだよ的な感想と備忘録

小説読もうと思ったのは既に読了済みのお友達から小説掲載されてる6話までの話を聞いて、幾つか浮かんだ疑問に対して逐一相手に訊ねるのも申し訳なかったので。
読んだ上での全体の総括としてはあの小説だけだと圧倒的に詳細が不足しているというか出来事に対するディテールは殆どないからアニメとのギャップがすごい。ただ、誰がどこで何を言ったか、何をしているのかに関しては端的に書かれているのでアニメに対する副読本として扱う分には丁度いいなと思った。2話で玲央と真武が踊り狂っている後ろで一体なにが起きているのかとか。

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