幸福な休日

帰還後のルークがジェイドとくっついた後の話。
一緒に暮らそうの続き。
 
 

 じゅうじゅうという音が扉の向こう側から微かに聞こえた。浅いまどろみのふちをさまよっていた意識がその音に引っ張られて覚醒に向かう。それと同時にベーコンの焼けるいい匂いが鼻先をくすぐって、先程から聞こえていた音の正体を理解した。
 朝がきたのだ。
 半覚醒の頭でそう考えながら腕を伸ばす。ベッドの上、ルークの隣には昨夜想いを確かめ合った恋人がいるはずだった。けれど伸ばせる限り手を伸ばしても、指に触れるのは肌触りのいいシーツだけで、そこにあるはずの温もりは感じられない。
 まさか昨夜の出来事は全て夢だったのだろうか、考えたくもない事実についさっきまで浸っていた生ぬるいまどろみもそれまで全身を覆っていた眠気も全て吹き飛びばちりとルークは目を開いた。
 けれど目を開いてみたところでやはりベッドにジェイドの姿はない。だとしたらやっぱり昨夜の出来事は全て夢だったのかもしれない。どうせならあのまま眠り続けていい夢を見ていたかったと、最早ベッドから起き上がる気力も消え失せてそんなことを考えていると、ぱたぱたと軽やかに近づいてくる足音が聞こえた。
「ルーク」
 がちゃりとドアが開かれると同時に名前を呼ばれて飛び起きた。そこにいたのはルークが探していたその人で、ああ昨日のことは夢ではなかったのだと湧き上がる喜びを噛みしめる。対するジェイドは何を考えているのか分からない薄い笑みを浮かべて、じっとルークを見つめていた。
 そこでようやくルークも自分が何も服を着ていないことを思い出し、慌ててシーツで体を隠した。昨日からこの状態だったのだから今更のような気もするけれども、今更だとしても恥ずかしいものは恥ずかしい。
 部屋の入り口に立っているジェイドはきちんと服を着ている。シャツのボタンは一番上まで留められて、青く染められたエプロンまでつけて、ついでに長い髪は調理の邪魔だったのか一つにくくられていて、要するに昨夜ルークに抱かれていた時の名残なんてこれっぽっちも見えない。完璧な姿のジェイドを前に自分一人だけ未だ下着すらつけていないというのあまりにも恥ずかしい有り様だった。
 けれどジェイドは慌てるルークの様子を気にとめることもなく、朝食ができましたから着替えたらあなたも一緒に食べましょうとだけ言うとさっさと部屋から引き上げていってしまった。
 その背中を見送ってルークもベッドから出る。脱ぎ散らかした服を着て、リビングに向かう途中で軽く顔を洗って行けば丁度朝食の支度は全て終わったところらしかった。
「ごめん、何も手伝えなかった」
「構いませんよ。昨日の夕食はあなたに作ってもらいましたし」
 おはようございますと、今更ながらの挨拶を投げられて同じようにおはようと返す。
 ジェイドに言われるがままテーブルに着いていただきますと手を合わせて二人で朝食をとった。
 グラスにはなみなみと牛乳が注がれて、ふわふわのスクランブルエッグにカリカリに焼かれたベーコン。サラダとスープは昨日の残りに一手間加えて、トーストにはバターと林檎ジャムが添えられていた。ごくありふれた朝食だというのにいつもより美味しく感じられるのは何故だろう。
 好きな人が作ってくれたからという理由だけじゃない。その好きな人も、同じようにようにずっと自分を好きでいてくれたことが分かったから。家主と客人でもかつての仲間同士でもなく、改めて恋人としてジェイドと一緒に朝食を食べられるなんて嘘みたいで、何でもないことのはずなのにつんと鼻の奥が痛んだ。
 それを紛らわせる為にトーストに囓りつく。もぐもぐと咀嚼して、ふと時計を見上げれば時間は朝と昼の丁度真ん中といった頃合いだった。
「そういえばジェイド、仕事は?」
「今日は休みをいただきました。どうせどこかで休暇を取らなければならなかったので」
「……ふーん」
 これはもしかして自分の為に休んでくれたのだろうかと淡い期待を抱きながら、それでも表面上は大げさに喜ぶこともなく頷くだけに留める。
 昨日、お互いの気持ちを伝えて改めて恋人同士になったとはいっても二年半の時間は長かった。そもそもジェイドとは一緒にいた時間よりも、離れていた時間の方が長い。だから、未だどこまでジェイドに踏み込んでいいのか分からない。勝手に自惚れて期待して、そうじゃなかった時裏切られたつもりになって落胆するのが怖い。
 そんなことを考えているのが顔に出ていたのか、ジェイドのヘーゼル色の瞳がルークを見つめて、それから緩く微笑んだ。その目はもう旅をしていた頃のように赤く染まってはいないのが少し不思議ではあったけれど、髪色に似た柔らかな色をした虹彩は陽光を吸い込んで優しく輝く。
「朝食を済ませたら、少し家のことを片付けないといけないので手伝ってもらえますか? それが終わったらデートしましょう」
「え? あ、ああ……うん」
 唐突な提案に少し驚きながら頷いて、デートと口の中でその言葉を反芻する。
 ジェイドとデート、なんて甘美な響きなのだろう。

 朝食を終えて食器を洗い、昨晩の諸々で汗やら精液まみれになったままだったシーツを洗濯に回して干したところでとりあえず急ぎで片付けなければならないことは一通り終えた。
 簡単に身支度を調えて、ルークと連れ立って家を出る。鍵をかけようとすればルークがそれを遮って、俺がやると言いだしたので彼に任せた。玄関の鍵をかける行程など対して難しいことではないというのに、鍵のかかったドアを確かめながら嬉しそうな顔をしてジェイドの方に振り向くルークにまるで子供のようだと思ったが、それは指摘しないでおいた。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
「それで、どこに行くんだ?」
「特に目的があるわけでもないのですが、まずは食器屋ですかね」
 他愛ない話をしながら街の中心部に向かって歩く。市場に出れば多くの商店が軒を連ねているのを尻目に目的の店を探す。
 少し歩くとその店はすぐに見つかった。雑貨屋と金物屋に挟まれて、軒先にはカラフルに着彩された皿や器がずらりとところ狭しに並んでいる。
「ここでいいでしょう。……ルーク」
 隣を振り返って声をかければルークの方は少し気後れしているようだった。うん、と聞こえたいらえはやや歯切れが悪い。この店に取りそろえられている商品の主は陶器であるから粗雑に扱えば割れるし欠ける。ルークとしてはそれが怖いのだろうが、店の中に入ってもらわねば話にもならない。
 行きましょうと言葉だけでルークを誘って、一足先にジェイドは店の中へと入っていった。
 机や棚の上に陳列された食器の種類は実に様々だ。シンプルに白い皿のセットがあるかと思えば原色で着彩されたボウルが重ねられていて、別の一角には花を描いたものや、緻密な模様で彩られたテーブルウェアがまるで美術品のように飾られていた。
 店の中は手入れが行き届いていて、どの食器にも塵の一つつもってはいない。
 そう広くはない店内をぐるりと見渡して、目的の商品が並べられたコーナーの前で足を止めた。
「ジェイド、ここに何の用があるんだよ」
「カップの一つでも買おうかと思いまして」
 ジェイドの後についてくる形となっていたルークが隣に並んで尋ねてくる。その問いに答えながら、ジェイドは目の前に置かれていたカップに手を伸ばした。
 ストンとした円柱をくり抜いて大きな取っ手をつけただけのようなそのマグカップは凝った意匠などどこにもないシンプルなデザインのものだった。とろりと赤い釉薬に塗られて、縁に白いラインが入っている。値段をみてもそう高いものではない、ごくありふれた日用品の価格だ。
 マグカップを手に取ってしばらく眺め、それから未だ怪訝そうにしているルークの顔を見てカップを戻した。
「あなたが帰ってきたときに、コーヒーを淹れたくても客人用の食器では寂しいでしょう」
 他のものまで揃えては流石にあの狭い家では邪魔になるだろうけれども、せめてマグカップの一つくらいは今のうちに揃えてやりと思うのはジェイドのささやかな我儘だ。けれどルークにとってジェイドの答えは予想外のものだったらしく、しばらくぽかんとした後ぶわりと顔を赤くした。先程ジェイドが手にしたマグカップといい勝負になりそうなくらいに赤くなった顔を両手で覆いながら、言葉にならないうめき声を漏らすルークに苦笑する。
 傍目には挙動不審にしか見えないルークの行動に店員も困ったように遠巻きにこちらを見ていたので、苦笑したままジェイドは首を振った。何も問題はないとこちらの意図は向こうにも通じたらしく、ルークと同じくらいの年頃の店員はそのまま何事もなかったように商品の位置を直したりと店の仕事に戻って行った。
 視線を戻せばルークの方はまだ顔こそ赤いものの、先程よりかは落ち着いたと見えて、指の隙間から緑の瞳を覗かせ窺うようにこちらをじっと見ていた。
「どうかしましたか?」
「……それって、俺の為なんだよな」
「どちらかというと私の我儘ですかね。あなたにそうしたいと思うのは」
「でも俺は嬉しいし……」
 我儘言ってもいいかと問いかける声に、無理難題でなければと予防線を張っておく。
「どうせなら、ジェイドとお揃いがいいんだけど」
「はあ」
 代金くらい自分で払うからジェイドは持っていてくれさえすればいいからと、年下から言われてしまえば年上としての面目は丸つぶれもいいところだろう。
 お金のことは気にしないで下さいと前置きして、さほど悩むこともなくあなたが選んでくれるのならと答えれば落ち着きつつあったルークの顔色がまた赤くなる。
 カップが一つ増えるのも二つ増えるのも大した問題ではなかったし、お揃いがいいといわれて年甲斐もなく喜んでしまっているのもまた事実だ。真剣な目つきでカップを吟味し始めたルークを尻目に彼から離れてテーブルウェアの一角を覗く。
 数日後にはまたルークは旅に出るだろう。次に戻ってくるのはいつになるか分からないし、彼がジェイドの隣に大人しく収まるようになるのなんて更に先の話になる。けれどそれが確実にくると仮定した時、今の家は些かばかり狭かった。
 元々一人暮らしの為に選んだ家だ。客間を潰せばルークの部屋にすることもできはするが、一緒に暮らすというのならばそのタイミングに合わせて引っ越してしまっても構わないだろう。別段ジェイドはあの家に対するこだわりなど持ってはいない。今までは特にそれで困ることもなかったから長く暮らしていただけで、その生活が変わるというのであれば、家ごと変えることに躊躇いはなかった。
 引っ越しをしたら食器の類いも増やさねばならない。単純に暮らす人間が増えるのだから、家具や日用品だって彼の分を用意してやらねばならない。
 そんなことを考えていると、名前を呼ばれて我に返る。
「決まりましたか?」
「うん。これ」
 ルークが選んだマグカップは赤と青の色違いだった。どちらがどちらかなど言わずとも分かる。先程ジェイドが手にした赤いマグカップと、その色違いの青いマグカップ。その二つを手にしてこれがいいと言うルークに頷き、レジで会計を済ませた。
 割れないように包まれたマグカップを紙袋に入れてもらい、礼を言って店を出る。
 食器屋を出た後は特に目的もなく市場をぶらつく。ジェイドの目的は果たされたからこれ以上の用事はなかったし、ルークにどこか行きたい場所はないかを尋ねても特にないとあっさりした答えしか返ってこない。
 時間的には丁度昼食時であったから、折角外出したのだしどこかの店にでも入るべきかとも考えたが、遅めの朝食が未だ腹の中に残っているような気がしてそれも憚られ、結局行き場をなくして帰りましょうかと口にしたのはジェイドの方だった。
 その提案にルークは気分を害した様子もなく、どころか寧ろ嬉しそうに頷いて早く帰ろうと促してくるのだから、この外出はルークにとっても大して面白いものではなかったらしい。
 そのことを少し申し訳なく思う。
 元々ジェイドはさほど人付き合いが多い方ではない。仕事の関係上人と関わることは少なくないが、プライベートになるとその範囲はめっきり狭くなる。まともに付き合った人間の数も片手で数えるほどしかなく、ましてや十歳以上も年下の相手なんて後にも先にもルークくらいなものだ。
 それ故に、というわけでもないのだろうがジェイドとルークの間には溝がある。これはそう複雑な話ではなく単なるジェネレーションギャップだ。四十も近い男が二十代の文化や興味関心を事細かに把握しているのも薄ら寒い話であるが、こういったときに共通の話題を上手く見つけられないのは些か気まずい。何か言葉をかけようと考えたところでそれらは声になる前に自分の中に飲み込んでしまう。
 別段無理に会話をする必要なんてないだろうと言い訳がましいことを考えながら、家路へ歩いていると、あ、と小さな声が隣から聞こえた。
 二歩、三歩、進んでからそれがルークの発したものだということに思い至って振り返れば彼は店の前で足を止めている。
「ルーク?」
「あ、ううん。ちょっとだけ店見てきていいか?」
「? ええ、構いませんが」
 ジェイドは外で待っていてとルークが抱えていたマグカップの入った紙袋を押しつけられて置き去りにされる。
 ドアが開くと同時に軽やかなベルの音が聞こえ、明るい店内に後ろ姿が吸い込まれていく。取り残されたジェイドは店に近づき、ショーウィンドウの中を覗き込んだ。
 そこは所謂宝飾店のようだった。とはいえそこまで特別値が張るというわけではなく、若者向けの安価な装飾品の類いが売られているらしい。ドアにはめられた硝子越しに店内を覗き込めばアクセサリーの類いだけではなく雑貨も取り扱っているようだった。
 店の中でルークの赤毛がちらちらと揺れている。店員に何かを預けてレジに向かい、会計を済ませて店の出口に向かう。途端にジェイドと目が合って、困ったような半笑いの顔をされた。だから、何を買ったのか知られたくなかったのだろうと考えて、ジェイドはあえて何も言わずに店の外に出て来たルークに先んじてまた自宅へと歩き出す。
 結局、ルークがあの店で何を買ったのか分かったのは家に帰ってからのことだった。
 買ってきたばかりのマグカップに紅茶を淹れて、ささやかなティータイムを過ごした後おもむろにルークが取り出したのが先程の店のロゴが入った小さな包みだった。
「折角ジェイドに鍵をもらったのに、なくしたーなんてことになりたくないから」
 そう言ってルークが包みから取り出したのは細い鎖だ。銀色のメッキに彩られてこれといった飾りのひとつもついていない鎖はシンプルを通り越していっそ素っ気ないと言った方が正しい。その鎖を鍵についた穴に通して首に回す。
 どうやら鎖を通した鍵を首にかけておきたいようであったが、どうにも上手くいかないらしい。むっとしたような顔をして賞味五分は格闘していたものの、思い通りに金具を留められず諦めたような顔をして鍵をテーブルに戻した。
 その少し悔しそうな落胆したような顔が可愛くて、つい余計な手を出してしまう。
「私がつけて差し上げましょうか」
 言ってしまってから、これはルークが一人で取り外しができないままでは少しまずいのではないかと思ったが、ルークの方はそこまで気が回っていないらしくいいのかと嬉しそうに聞いてくるので今更やめるとも言えずに鍵ごと鎖を借りてルークの後ろに回る。
「髪の毛邪魔だよな」
 そう言ってルークが髪をまとめて横に流す。少し日に焼けて色の濃い首筋が露わになった。
 無防備なうなじにふわふわとした赤い後れ毛がかかっているのがどうしようもなく愛おしい。筋肉がついて十代の頃よりも太くなった首筋も、しっかりと広い背中も昨晩いやというほどに確かめた場所だ。若く張り詰めた肌の感触も、しっとりと汗ばんだその熱さも、指先に触れた背骨の形ひとつひとつまでまざまざと思い出せる。懐かしくもジェイドの知らない体だった。
 その二年の変化を寂しさと共に愛しく思う。その成長を見届けられなかったことに寂しさを覚えるのは事実であったが、彼が健やかにあることに喜びを感じたのもまた事実だ。
 胸に湧き上がる情愛をそっと押しとどめ、ジェイドの心中などこれっぽっちも知らず無防備に晒された首に鎖をかける。小さな金具を留めて、ちゃんと首にかかったことを確かめてから手を離す。
「できましたよ」
 それだけ告げて、ルークが髪から手を離すよりも先にうなじに口づけた。薄らと汗ばんだそこは微かにしょっぱい味がして、そのまま舌を這わせたい衝動をどうにか堪えて身を起こす。それとほぼ同時に振り返ったルークが驚いたように緑の目を見開いてジェイドを見上げてくるので、その無防備な顔に思わず笑ってしまった。
 確かに悪戯心を出したのはジェイドの方ではあるけれど、あまりにも無防備にうなじを晒すルークも悪いと、それが単なる言いがかりでしかないことを理解していているので余計なことは口にしない。
「その鍵、ちゃんと大事にして下さいね」
「……大事にする」
 今自分がされたことが信じられないとでも言わんばかりに、上擦った声が短くそう答え勢いよく立ち上がったルークにテーブルに押しつけられた。目の前のルークの顔は我慢ができないと言わんばかりで、苦しそうにひそめられた眉に荒い吐息を漏らす口元に自分に対する情欲をありありと嗅ぎ取ってしまう。
 まったく、昨夜あれだけ散々ほしがるだけほしがって、ジェイドの方も大層大盤振る舞いしてやったつもりだというのに、若い青年にはまだ足りないものだったらしい。こんな安い挑発にまんまと乗っかってしまうくらいなのだからよっぽどだろう。
 逃げ道を塞ぐようにジェイドの両脇に手をついて、更に一歩にじり寄られる。互いの脚が触れ合って、吐息が感じられるほどに近いぎりぎりの距離で止まったルークがねだるように名前を呼ぶ。
「……ジェイド」
「……」
 彼が何をほしがっているかなんて全部言われなくてもとっくに分かっている。
 それでも真っ直ぐにジェイドを見つめる緑の瞳があまりにも真剣すぎて、いたいけな青年の欲情に火をつけ煽った身である悪い大人としてはその素直さがいたたまれない。逃げるように視線を逸らせば窓の外にはためく白いシーツが見えて、のどかとしか言いようのないグランコクマの昼下がりに気が抜けてしまった。
 空は綺麗に晴れていて、すっかり汚れていた洗濯物はどれもこれも風に踊り、こんな平凡で幸福でありふれた午後に自分たちは一体何をしようとしているのか。
 ほんの少しだけ思考を遊ばせていただけだというのに、ジェイドの意識がよそにあることを敏感に嗅ぎ取ったルークはそれが気に入らないと言わんばかりにもう一度名前を呼んで、薄い耳に囓りついた。微かな痛みを伴う刺激に体が反応する。
「したいん、だけど……」
 駆け引きなんてとっくに放棄した、直接的な言葉でねだるルークの手はジェイドのシャツの中に潜り込んで、緩く素肌を撫で回している。どうせここまできたらいやだと言ってもやめてはくれないだろうし、ジェイドにもやめさせるつもりはなかった。
 まだ日の高い時間であることには目を瞑り、このほしがりな子供を甘やかすことにする決めた。
「あなたの、お好きにどうぞ?」
 そう答えてルークの首に腕を回せば先程留めたばかりの鎖の金具がちくりと皮膚に刺さったけれど、その小さな痛みなどこらえ性のない子供の口付けの前にはあっという間に意識の片隅へと追いやられてしまう。
 性急な手のひらが、焦るようにシャツを脱がし肌の上を這い回るのがひどく心地よくて、半ばテーブルの上に押しつけられながらジェイドは若い恋人の体を受け入れた。