クソパロ白雪姫(仮)

 むかしむかしあるところに、とても仲の良い王様と后様がいました。
 お二人の仲は大変睦まじく、やがてお后様が王様の子供を身ごもるのはいたって自然の流れです。
 お腹の子供が王子様か、それともお姫様かは生まれてみないと分かりませんが、お后様はこのお腹の子が女の子であるという予感がありました。なのでお后様はご懐妊が分かってから、毎日せっせとレースをあしらった可愛らしい産着やフリルがたくさんついたフリフリのドレスを縫いながら子供が生まれるのを楽しみしていました。
 さて、そうして生まれてくる子供のために準備をしていた、ある冬のことです。
 この日もお后様は新しいドレスを縫っていましたが、東洋にはこんなことわざがあります。
『弘法にも筆の誤り』
 プロのお針子もかくやというお后様も偶々この時は失敗して、うっかり針の先で指をつついてしまいました。針先でつつかれてできた傷からは玉のような血がひとしずく滴って、たった今まで縫っていた真っ白なドレスに落ちてしまいました。
 しかしどういうことでしょうか。
 真っ白なドレスに落ちた血の鮮やかなこと!
 お后様はにっこりと笑ってこう言いました。
「生まれてくる子供はきっと黒炭のように黒く美しい髪と、血のように赤くつややかな唇と、絹の――いいえ、雪のように白い肌をしていることでしょう」
 お后様はちょっとばかりお花畑な人でした。
 かくして、まだ生まれてもいない子供は王子様かお姫様かも分からないのにお后様の強い希望の為白雪姫(仮)と名付けられることになりました。
 さて、それから更にもう少し月日が経ち、いよいよ待望の子供が生まれました。
 とっても元気な男の子です。
 髪は王様にそっくりな栗色で、肌も色白というほどではありませんが、瞳はお后様と同じとてもきれいなエメラルドグリーンです。そもそも王様とお后様は栗色と赤毛だった為遺伝的にも黒髪の子供なんて生まれようがないのですが、お后様も王様もそんなことは分かりません。
 一姫二太郎を希望していたお后様はちょっぴり残念に思ったものの、それでも初めても我が子というのは可愛いものです。早速親ばかを拗らせたお后様は周囲の反対を押し切って、かねてより考えていた『白雪姫』という名前を王子様につけました。
 男で姫なんて立派なDQNネームですが、何せ相手はお后様なので臣下たちは誰も反対ができません。王様もお后様にはべた惚れでしたので王子様が可哀想だとは思いましたが、特に反対はせずお后様の主張は通ってしまいました。
 かくして、生まれたばかりの王子様は生まれた時から親の業を背負う羽目になってしまいました。
 それから数年が経ち、白雪姫(仮)は特に大きな病気もなくすくすくと成長していきました。
 ところで、どうして「白雪姫」ではなく「白雪姫(仮)」かというと、お后様にべた惚れしつつも流石に王子様である自分の息子が姫なんてつくような名前であるというのはよろしくないという王様の考えの為です。
 白雪姫(仮)の本当の名前はジョンといいます。
 普通すぎて面白味のない名前ですが、DQNネームの反動で無難な名前に落ち着くのはよくあることです。
 さて、この白雪姫(仮)もといジョンくん、四歳の誕生日を前に生みの親であるお后様が亡くなってしまいました。お后様は元々あまり体が丈夫な人ではなかったので仕方のないことでしょう。
 けれども小さな白雪姫(仮)にはまだお后様が亡くなったことなど分かりません。少々お花畑なところがあったといえども、基本的には子供にとって優しい良い母親だったので白雪姫(仮)も母を恋しがります。
 まだ四歳なので当然ですね。
 小さな王子様を不憫に思った王様は彼の為に新しい母親――お后様をめとりました。
 王様の年から考えると少々若いかもしれませんが、国で一番美人といわれる貴族のお嬢さんです。
 新しいお后様は内心で王子様が姫(仮)と呼ばれていることにどん引きしましたが、前のお后様がややお花畑だったことも、けれども国母としてはそれなりに有能な女性であったこともよく知っていたのでそういうものなのだと自分を無理矢理納得させました。
 更にそれから十数年の時が流れ、白雪姫(仮)は立派な青年に育ち、そして王様もすっかりよぼよぼのおじいさんです。
 この頃には白雪姫(仮)にも母親の違う弟と妹ができ、兄弟仲はそこそこ良かったのですが、それでは問屋が卸してくれないのが王族の怖いところです。
 血の繋がらない継子よりは血の繋がった我が子を王様に据えたいというのが親心というもの。
 新しいお后様は段々と白雪姫(仮)に冷たく当たるようになります。
 ところでこのお后様、とても不思議な鏡を持っていました。質問したことには何でも正しい答えを返してくれる、魔法の鏡です。
 効率のいいダイエット方法から、最近はやりの美容術まで何でも知っている鏡のおかげでお后様は二人の子持ちであるにも関わらず国一番の美魔女でいられるのです。
 けれどもここ最近お后様が聞くのはダイエット法でもなければ美容術のことでもありません。お后様が尋ねるのはたった一つ、次の王様のことです。
「鏡よ鏡、次の国王は誰になるかしら」
「お后様、それは白雪姫(仮)でございます」
 一事が万事この調子なので、お后様は我が子を次の王様にするのに白雪姫(仮)が邪魔でなりません。
 どうにかして彼を亡き者にしようとお后様は画策します。
 ああ可哀想な白雪姫(仮)! お姫様であればよその国へと嫁ぎに出されるだけですんだことでしょう。我が子可愛さの余りお后様は白雪姫(仮)につらくあたりますが、元々は心優しいお嬢さんだったので、義理とは言え子供の縁談ならばきっと素敵な殿方を探してくれたことでしょう。
 それが男として生まれてしまったばっかりに、今ではお命頂戴の危険まであります。
 白雪姫の人生、割りと踏んだり蹴ったりです。
 そして考えたお后様、猟師のニコライをこっそりと呼び出し、白雪姫を殺してその心臓を証拠として持ってくるように言いつけました。
 このニコライという猟師、背丈は小柄で時には子供に見間違えられることもありますが、銃の腕は城で一番、もしかすれば王様付き兵隊さんたちよりも銃の扱いが上手いのではないかという噂さえある腕利きの猟師です。
 早速お后様に秘密の命令を言いつけられたニコライは逆らえば自分がただではすまないことを知っています。白雪姫(仮)には特にこれといった義理もないので、可哀想ですが自分の為に死んでもらうことにしました。
 白雪姫(仮)を亡き者にする舞台は早速お后様が整えて、次の日にはニコライは白雪姫(仮)と一緒に森へ出かけました。二人で薄暗い森の中をしばらく歩きそろそろこのあたりでいいだろうとニコライが考えたその時です、不意に白雪姫(仮)が口を開きました。
「母上は自分の息子を次の国王に据えるのにわたしが邪魔なのだろう」
 この王子様名前こそ頭が痛くなりそうなDQNネームではありますが実は頭がとても良いのです。そのため、継母が何を考えているかくらいお見通しでした。
 そこで王子様は提案します。
「わたしはもう二度と国には戻らない、というか正直国にいるとこの名前で呼ばれ続けるので大分しんどいから戻りたくないし、わたしが邪魔をしないとなればお后様も満足するだろう」
 だから見逃してほしいと王子様はいいますが、ニコライもお后様から命令を受けているので手ぶらで帰ることはできません。かといってこのまま逃げるとなればきっとお后様は白雪姫(仮)のみならず秘密を知ったニコライもどうにかしようとするでしょう。
 ニコライに白雪姫(仮)の心臓を持って来させるのはそれが証であると同時に、ニコライにも同じだけの罪を背負わそうというお后様の思惑があることは白雪姫(仮)もニコライも分かっています。
 そこで白雪姫(仮)はニコライに更に提案をしました。
「君の腕なら野生の鹿を仕留めることもたやすいだろう。あのお后様にわたしと鹿の心臓の違いが分かるわけがないのだから、適当にそれを持って帰ってわたしだといえばいい。それでお后様は納得するに違いない」
 もしも君が亡命やなにやらの為に国外へ逃げなければならない時はわたしが手助けをすると約束しよう。
 こうして代替え案と退路の確保を提示されたことで、渋々ニコライも白雪姫(仮)の言葉に頷きました。しかし一応命令がある手前白雪姫(仮)にはこのまま森の奥へ歩いて行きなさいと命じました。それくらいのことはニコライも許されるでしょう。
 白雪姫(仮)も仕方なくニコライの言葉に従って森の奥へと歩いて行きます。その背中が見えなくなるまで、ニコライは白雪姫(仮)を見送ってそれから手頃な若い鹿を仕留めてその心臓をくりぬき、お后様のもとへと持って帰りました。
 ニコライが持ってきた心臓が偽物であることなんて知らないお后様はそのグロテスクさにおののきながらもニコライに褒美をやって、それからその心臓を人目につかないところへ処分するように言いました。
 こうして、人知れず白雪姫(仮)の存在はお城から抹消されることとなりました。

 さて一方、白雪姫(仮)の方はと言えば森の中をさまよい歩いていました。温室育ちの白雪姫(仮)には自然の森はなかなかに厳しいものであったらしく、ついでに連れ出されたのがあまりにも急であった為に大した準備もできませんでした。
 白雪姫(仮)のお腹はもうぺこぺこ。喉はからから。歩き疲れて足は棒のようですが、民家どころか夜露をしのげそうな洞穴一つ見当たりません。どうにかこうにか休めそうなところを探していると不意に森の木々が途切れ、開けた場所へと出ることができました。
 どうにも自然にできたような場所ではなく、人の手が入っているようです。不思議に思いながらも更に進んでいくと、小さな小さな小屋を見つけました。
 白雪姫(仮)がその小屋へやってきてノックをしても何の返事も聞こえません。おそるおそるドアノブに手をかけると、この家の主はどれだけ不用心なのか、鍵がかかってはいませんでした。開いたドアの向こう、小さな家の中には何の気配もなく、いけないことだと分かりつつも疲れきった白雪姫(仮)は家の中へと入っていきました。
 小さな小屋にはベッドが一つ、片付けられた台所の上には美味しそうなケーキが置いてあり、その脇にはワインの入った壜もあります。まるで自分に食べてほしい飲んでほしいとでも言わんばかりのケーキとワインに白雪姫(仮)は我慢ができずそれらに手を出してしまいました。
 一ホールもある大きなケーキをペロリと平らげ、ワインも壜一本を飲み干した白雪姫(仮)はすっかりいい気分になり、そしてずっと歩き通しでいた疲れもあってうとうとし始めました。しかし流石に人のベッドに寝転がるのは気が引けて、小さなリビングの椅子に腰掛け机に突っ伏して寝てしまいました。
 さてそれから数時間後、すっかりとあたりの日が落ちた頃、この家の主が帰ってきてびっくり仰天。
 何せ家の中には見知らぬ男性がワインとケーキを食い散らかして気持ちよさそうに寝ているのですから驚くのが普通でしょう。
「まあ、お父様へのお土産に焼いたケーキが!」
 驚いたその声にすっかり眠っていた白雪姫(仮)も目を覚まし、そして帰ってきた家の主に驚きました。
 何せその家の主は目も覚めるような美女だったのです。
「ご、ご婦人の家に勝手に上がり込んですまない。これには深いわけがあって……」
 そう慌てふためく白雪姫(仮)に家の主はぴんときました。実は彼女、この国の王子様の顔を知っていたのです。
「いいえ白雪姫(仮)様、お気になさらず。あなたの素性は存じています。それにしても何故あなたのような方がこんなところにいるのかを聞かせて下さい」
「そ、そうか……実は」
 世にも美しい美女にそう言われて答えなければ男ではありません。白雪姫(仮)はこれまでの経緯を洗いざらい話しました。
 その話を聞いて、美女はおかわいそうにと白雪姫(仮)にいたく同情し、それならばこの家にずっといて下さっても構わないと何とも心優しい提案までしてくれました。
 けれど白雪姫(仮)も姫とはつくものの男です。年頃の男女が一つ屋根の下にいるなんてどういうことになるのか、ましてやこのような美女であれば尚更です。更にいうのであればその美女は大変たわわでした。いえ、何がたわわかまではいいませんが。
 とにかく結婚や将来を誓い合ったわけでもない若い男女が一つ屋根の下で共に暮らすのは良くないと告げて白雪姫(仮)は家から立ち去ろうとしましたが、美女は微笑んだままその心配はないと答えました。
「わたしは、機械人形なのです」
 そう美女、改め美しい機械人形は自分のことを話してくれました。
 自分はとある発明家が作った機械仕掛けの人形であり、今はハダリー・リリスと名乗って街で歌姫として生計を立てていること。この家は父からの自立のために譲り受けたものであり、人は滅多にやってこないことを教えてくれました。
「だからご心配にはおよびません」
「そうか、それなら君の言葉に甘えてもいいか」
「ええ」
 白雪姫(仮)は行くあてもありませんのでこの提案には正直願ったり叶ったりです。まるで聖母のように優しいハダリー・リリスのもと、白雪姫(仮)はしばらくの間彼女の世話となることを決めました。
 しかしハダリーは日中は歌姫としての仕事があります。その上白雪姫(仮)は世間的には死んだことになっているので出歩くのは難しく、家の中にいることになります。完全にヒモですね。そしてハダリーが人間ではない機械人形だと知っても、見た目は絶世の美女なのですからそんな彼女の世話になりっぱなしと言うのは男の沽券に関わります。
 そんなわけで少しずつではありますが、白雪姫(仮)は家事を覚えてハダリーが不在の間に家を掃除したり料理はできないものの庭の畑を手入れしたりとそれなりに充実した暮らしを送っていました。
 けれどまだ物語は終わらないのです。
 ある時のこと、白雪姫(仮)を亡き者にしてすっかりと満足していたお后様が鏡へ尋ねました。
「鏡よ鏡、次の国王は誰になるかしら」
「お后様、それは白雪姫(仮)でございます」
 何故ここに死んだはずの白雪姫(仮)が出てくるのか分かりません。殺したはずではなかったのかと猟師のニコライを呼びつけようとしましたが、彼は半月ほど前に辞職して故郷の北国に帰ったということです。ニコライにまんまと逃げられてしまったお后様は今度は自分の手で白雪姫(仮)を亡き者にしなければならないと固く決意しました。
 そして魔法の鏡に尋ねながら呪いの毒林檎を作り、今までに鍛えあげたメイク術で行商の老婆に変身して、これまた鏡に尋ねて割り出した白雪姫(仮)のいるハダリーの家へと向かいました。
 しかし白雪姫(仮)はそんなことはつゆほども知りません。
 今日も大人しくハダリーの帰りを待ちながら家事をこなします。そうしてお日さまが空高く登る頃、一人の老婆がやってきました。そうです、あのお后様です。
 こんこん、と家の外からドアをノックする音と共に老婆のしわがれた声がしました。
「もうし、誰かおらんかね」
「……なんでしょうか」
「わしゃあ行商をしているものだが、お若いお兄さん、林檎はいらんかね」
「いりません」
 実際にハダリーは食事をとらないのでこの家で食事をするのは白雪姫(仮)だけですが林檎を食べたい気分ではなかったのですげなく断りました。
 しかし老婆はなおも食い下がり、これは畑の中でも一番のできなので是非とも一つ買ってくれ。何なら味見をしてくれてもいい。まずかったら買わなくてもいいが、美味しかったら味見をした分と二つは買ってほしいと言い、いい加減面倒くさくなった白雪姫(仮)は渋々その提案に頷いてしまいました。美味しい林檎だの何だの言っていますがようは一口食べてまずいと言えばいいだけだと考えていたのです。
 なかなかにひどいことを考えていますが、老婆もといお后様的には一口でも食べてくれればいいので十分です。
 かくして可哀想な白雪姫(仮)は老婆から受け取った林檎を一口囓った途端、毒と共にその欠片を喉に詰まらせ、その場に倒れてしまいました。老婆は満足そうに足下の白雪姫(仮)を見下ろした後白雪姫(仮)の手から転がり落ちた林檎を拾い上げて籠にしまいその場を立ち去りました。
 凶器の隠蔽は犯罪の基本なので、このお后様それなりに考えています。
 さて、何も知らないハダリーがいつも通り歌姫の仕事から帰って来ると白雪姫(仮)が家の前で倒れているではありませんか。慌てて抱えると可哀想な白雪姫(仮)の体はすっかりと冷え切り、息もしていません。
 何ということでしょうか。
 お后様の目論見通り、白雪姫(仮)は死んでしまったのです!
 一人寂しく暮らしていたところに折角やってきてくれた白雪姫(仮)が死んでしまったのですからハダリーは悲しみました。そして初めてできた同居人兼友人のために、立派な棺を用意してお葬式をすることにしました。
 良く晴れた日曜日、ハダリーがたった一人で白雪姫(仮)のお葬式をあげようとしたまさにその時です、隣国の王子様が偶々ハダリーの家の側を通りがかりました。
「おい、随分いい屍体だな」
 この王子様きらきらとした淡い金髪に菫色の瞳と美少女もかくやの美人であり、ついでにとんでもなく頭がいいのですが、天才のさがというものなのか大分変わり者で、平たく言えばマッドサイエンティストでした。
 その王子様の専門は屍者技術であったので、若い男の死体というのは実に手頃な実験材料でありました。その上、隣国の王子様がどうしてこのようなところをうろついているかといえば、研究に丁度いい屍体を探している最中なのでした。
 本当の所はいつまで経っても屍者の研究に明け暮れている一人息子に痺れを切らしていい加減どこのお嬢さんでもいいからお后様を連れて来なさいと王様にお城から放り出されたのですが、王子様的には結婚なんて人生の墓場な上、好きでもない女のご機嫌取りなんてまっぴらごめんです。
 なので父王の言葉なんてまるきり無視して研究に役立つ屍体探しの旅に勝手に目的を変えてしまっていました。
「これを俺にくれないか。いい屍者にできる」
 当然友人をそんな風に扱われたハダリーは怒りますが、最終的には王子様に押し切られる形となり渋々ながら白雪姫(仮)を譲ることとなりました。
 王子様はハダリーに屍体のかわりとして沢山の宝石や金貨を与え、早速従者の大男に白雪姫(仮)が入った棺を持たせて国へ帰ろうとしましたが、従者的には正直まともに扱いたい代物でもないので随分と雑な扱いです。
 隣国へと帰る道の途中一休みをしようと王子様が従者に棺を降ろさせた時です、あまりにも従者が粗雑に棺を扱ったので雑におかれた棺には大きな衝撃が走り、その拍子に白雪姫(仮)の喉に詰まっていた林檎の欠片が飛び出しました。
「う……ここは?」
「……はぁ?!」
 これには王子様も吃驚です。何せ折角手に入った実験材料が蘇ったのですがから、これでは屍者化ができません。
 がっかりする王子様をよそに白雪姫(仮)はきょろきょろとあたりを見回し、やがて王子様と従者の存在に気がつきました。
「ああ良かった、ここがどこだか教えてくれないか?」
「何いってるんだお前、もういっぺん死ね」
 大枚はたいた屍体が蘇っては意味がありません。すっかりふて腐れた王子様ですが、そこは美少女もかくやという美しさです。しかも白雪姫(仮)的には林檎を囓って倒れた自分を助けてくれた人でもあります。この際むさ苦しい従者の存在なんて目に入りません。大事なのはこの美しくも可憐な王子様のみです。
 実は白雪姫(仮)はかなりの面食いでした。
 そして目の前の王子様の鮮やかな金髪に気の強そうな菫色の瞳、ふっくらとして赤い唇、なだらかな丸みを帯びた頬、華奢な体つきと頭の天辺からつま先まで、とにかく好みにドストライクなのでした。
「……結婚してくれ」
「は?」
「君がわたしを助けてくれたんだろう。よくあるじゃないか、おとぎ話でも王子様に助けられたお姫様は王子様と結婚するって。責任をとってくれないか」
「いや、だってお前男だろ」
「大丈夫だ、わたしは白雪姫(仮)という」
 そこで隣国の王子様も噂に聞く白雪姫(仮)のことを思い出しました。
「いや、お前の本名ジョンだって聞いたぞ」
「だが今のわたしは白雪姫(仮)だ」
 勿論ジョンと呼んでくれても構わないが。
 そういいながらも白雪姫(仮)は生まれて初めて母がつけたこの名前に感謝していました。自分はお姫様ではありませんが、『白雪姫(仮)』という名前を理由にこうして隣国の王子様にごり押しすることができるのですから。
 既成事実さえ作ればこっちのものです。仮に自分がお后様(♂)になったとしても夜の政権は断固死守すればいいだけの話です。白雪姫(仮)は大変な面食いですが幾ら相手の王子様が自分好みの美少年であったところで尻を差し出すつもりは毛頭ありませんでした。
「さあ、わたしを起こした責任をとってくれないか」
「あ、ちょ……お前、やめ!」
 一目惚れだとか初恋だとか諸々の要因からさながら肉食獣と化した白雪姫(仮)に哀れにも王子様は頭からぺろりと食べられてしまいました。空気を読んだ従者はその前にそっとその場を立ち去りましたが、頃合いを見計らって戻って来れば実に満足げにつやつやとしている白雪姫(仮)と腰を押さえてぐったりしている自国の王子様を見て全てを悟ったといいます。不憫ですね。
 こうして白雪姫(仮)が半ば無理矢理既成事実を作ったことにより、国に帰った王子様は仕方なく白雪姫(仮)をお后様(♂)にしました。男同士では子供はできませんがそのあたりは親戚から養子をもらってくることでどうにかすませるということで、お世継ぎの心配もありません。
 研究馬鹿で女っ気がなくマッドサイエンティストと噂が立ってしまっている為にこれといった縁談もやってこない王子様がお后様にすると連れて帰ってきたのが男だったのでお城は騒然となりましたが、王子様の両親である王様もお后様も、息子が好きな相手が男ならば今まで女性相手に全く無反応だったのも致し方ないだろう、息子が幸せならばそれで良いと自分に言い聞かせ息子のお嫁さん(♂)を歓迎しました。
 その後何だかんだあって王子様の助手という形に落ち着いた白雪姫(仮)もといジョン王子は王子様から王様になったフライデーと共に国を治めて、それなりに国民にも好かれて、王国の歴史でもめずらしい二人の王様として国民から末永く語り継がれることとなりました。

 めでたしめでたし。